vol.2 失われた時を求めて サン=サーンス、フランク、アーンの世界 プルースト とヴァントゥイユのソナタ


Vol.1では
プルースト の失われた時を求めての物語の中で
ヴァントゥイユ ソナタの果たす役や
そこから垣間見れる彼の人生の中での
音楽の存在についてを中心に書いてみました。



この架空のヴァントゥイユソナタは
プルースト の芸術家たちとの交友関係やその時代背景から彼がインスピレーションを受け
ソナタのモデルになっただろうとされている楽曲がいくつかあります。


🎶カミーユ•サン=サーンス

ヴァイオリンソナタ第一番 ニ短調



🎶セザール•フランク

ヴァイオリンソナタ イ長調



などが有力候補となっており、

また

🎶レイナルド•アーン
ヴァイオリンソナタ ハ長調


はこの小説の出版よりもあとに書かれましたが、
候補というよりも
アーンがヴァントュイユのソナタの世界を
作品にしたように思えます。


今回のパリのコンサートでは
フランクのソナタと
アーンのソナタ、小品を取り上げます。


ちなみにこのレイナルドアーン(Reynaldo Hahn) という作曲家、日本ではあまり知られていなく演奏される機会も少ないですが...


ベネズエラ出身、ベルエポックの時代のパリで活躍した作曲家で、
プルースト とは恋愛関係にあり、
沢山の影響をプルースト の作品に与えたようです。
この物語のオデットのモデルではないかとも言われていたり。




この物語の世界観、
プルーストの言葉の使い方や表現の仕方が、

アーンの音楽やその中の感性、
彼の描くフレーズのもつ繊細なキャラクターを連想させ、他分野の芸術家同士それぞれの感性を称え合い影響を与えあったのが感じられます.....!😊



そんな親しい間柄だったアーンの証言によると、

ヴァントゥイユソナタは
プルースト の頭の中で
フランク、ワーグナー、フォーレの想い出が加わったサン=サーンスのニ短調のソナタ。

とのこと。



音楽構成や要素と
それらを自然の美や心情、五感と重ね合わせた
フランス人特有の繊細な音楽シーン描写

これらのモデル候補たちであるソナタの中のいくつかのパッサージュと彼の文章を照らし合わせ
私なりの解釈をいくつかしてみたのですが、

こうやって当てはめようとしてみると
演奏する心持ちも一段と変わり
ますます楽しみになってしまいます...✨






[ヴァイオリンの細く手応えのある密度の高い、
曲をリードしていくような小さな線の下から
突然ピアノのパートが
巨大な波となって打ち寄せ
さまざまに形を変えながら、


しかしひとつながりになって平らに広がり、
たがいにぶつかり合い、


まるで月光に魅せられて変調した波が


モーヴ色に立ち騒ぐように湧き上がってこようとしているのを見た時、


それだけでもうすでに大きな喜びを覚えた。]



"巨大な波となってピアノのパートが...
たがいにぶつかり合い "



“月光に魅せられて変調した波”

フランク ヴァイオリンソナタ 3楽章

ヴァイオリンの月の光と
その光で表情を変えるピアノさざなみ


まさに、フランクのここの部分にぴったり.....





[そこに潜んでいるものの秘密を守るために
音のカーテンを長く張り巡らせたような
この響きの下から逃れ出て
自分に近づいてくるものを見た。


ひそかなざわめいている分割されたもの。
空気のように軽やかで香り高い、


彼の愛したあの楽節を。]


サン=サーンスのソナタニ短調
1楽章の終わりから2楽章への導入部分

 "小楽節"の持つキャラクター全体的にも言えるのですが、
特にこの抜粋文章にもあるようなフレーズの登場の仕方は、
サン=サーンスの2楽章の冒頭、
甘美なメロディーがカーテンのしたから出てくるようなこの場面がまさにこの文章の世界を表現しているような...!!





[あたかもなかば開いたドアの狭い枠を通して奥行きを与えられた

ピーテル•デ•ホーホの絵の中でのように

ずっと遠くの方に入り込んでくる

光のビロードのような肌触りに包まれて

別の色に染まりながらあの小楽節があらわれる。


それはおどるような、牧歌ふうの、 

たまたまそこに挿入されたエピソードといった形のもので、

まるで別世界に属しているようだった。 


単純でしかも不滅の襞をつけた小楽節は、

言うに言われぬ同じ微笑をたたえながら、

あちらこちらにその優雅さをふりまいて通っていく。


小楽節は幸福の空しさを知っていて、その道を示しているように見えた。]




光のビロードに包まれて別の色に染まりながら...
ってまるでこの2楽章に入る直前のヴァイオリンの二分音符で移り変わるハーモニーとその後の保属音note tenue が光のビロードのように見えてきませんか?🌟






[その日まで彼が自分の存在の奥深く、

目の見えないところになんとか押しこめてき

た全ての思い出は

愛し合っていた頃の光が突然

またさしてきたのだと思い込み、


その光にだまされて目を覚ますと

はばたいて一気に空にかけあがり、

現在の彼の不幸などお構いなしに狂ったように


忘れていた幸せのリフレインを歌い出した]

Hahn ヴァイオリンソナタ 1楽章 
中間部 (第2 テーマ) 
この1楽章の第2テーマにての対話は、
小単位のフレーズごとの対話、
まさに幸せな頃の恋人同士の2人が
会話しているかのよう。

これを幸福の対話のテーマと仮定すると、、、
Hahn ヴァイオリンソナタ 
3楽章 冒頭
対して、3楽章を始めるこの1楽章の第2テーマ、
幸福のリフレインと捉えることができる。


でもそのフレーズにある背景はもう以前とは変わってしまい、
フレーズ自体も幸福の只中というよりは
異なるキャラクターを伴っているような...

各楽器の対話に関するフレーズはより長く、
会話というよりも
それぞれが少し距離のあるところで
思い出、ノスタルジー、過去への想いを
呼び覚まして浸っている
まるでそれぞれの内面に秘められたままの対話のように感じます。







もしくは、2人の対話ではなく
スワンの幸せの思い出、幸福な幻想の世界と、(ピアノパート)

それによって心の奥にしまわれていた想いが
じわっと広がりそれを感じている現実、(ヴァイオリンによるリフレイン)

そのコントラストによるスワンの心の中の
内なる対話なのかもしれません。


 レイナルドアーン ヴァイオリンソナタ
第3楽章
またこの3楽章では
甘い思い出のような対話による第二主題が
場面を変えて調性を変えて、3回登場します。

Tendrement, sans nuance 
やさしく、ニュアンス(強弱)をつけずに

と書かれたこのフレーズの中にも

彼の恋を守護し物語の一部始終を知っている女神

がそばを通っていくような、

または

苦悩なんて、そんなことが一体なんなんだ?


と語りかける小楽節のキャラクターが見えるような気がします。 










[それは世界のはじまりの如く、
まるで地上にまだこの2つのものしか存在していないかのようだった。


いやむしろ他のいっさいのものに対して閉ざされたこの世界は
ある創造者の論理によって建設され
今後も絶対に切っても切り離せないこの2つのものしかそこに入り込めないかのようだった。


これがあのソナタの世界だった。]



Saint-Saëns ヴァイオリンソナタ 
ニ短調より2楽章

まさにこのサン=サーンスのソナタの世界とは
この、"世界でこの二つのものにしか入り込めない、唯一の二つの存在" の対話。
変奏をしながら
二つの異なる存在の対話が繰り返されながら、
ピアノとヴァイオリンが再び一緒にメロディを奏でまるで再会を果たして一緒になったような
この楽章....❤️





[(二つの対話に対して) 


すばらしい小鳥、

(ピアノのパートに対する比喩)、

ヴァイオリニストは

その小鳥を魔法にかけ飼いならし、

つかまえたがっているように見えた。


すでに小鳥は彼の魂の中に入りこみ
呼び出された小楽節は霊媒の身体を揺すぶるように


完全にそれにとりつかれたヴァイオリニストの
身体を揺すぶっていた。]


フランク ヴァイオリンソナタ
4楽章冒頭
小鳥をつかまえる可愛らしい対話というと
まずはフランクの4楽章のこの掛け合いが真っ先に頭に浮かぶ。



サン=サーンス ヴァイオリンソナタ
ニ短調 2楽章
または
ピアノから始まり
それを捕まえるためにヴァイオリンが
応答するかのような
サン=サーンスのソナタの中のこのパッセージ。
鳥や魔法を連奏させる
上行音型による対話です。🌟







[(小楽節が曲の最後にふたたび現れた場面で)


小楽節はまだそこにいる。


虹色のシャボン玉が消えずにうかんでいるように
虹の輝きが弱まり
低くなり


そこからふたたび高まりそして消えてしまう前に


一瞬これまでになく鮮やかに輝く、


あの虹のように。


小楽節は

それまで2つの色しか見せてこなかったのだが、

そこに色とりどりのほかの絃を、

プリズムのすべての絃を加え

それらの絃を歌わせてはじめた]





その後消えていくこの小楽節の
最後の変容性を伴った多彩な輝き、、、

消えていく=楽曲の終わりの部分なのに
そこから色を加えて歌わせて始めるという矛盾。


消えるために
今までとは違う輝きを残す小楽節
=彼にとっての恋のモチーフ

そのモチーフと自分たちの物語を重ね合わせているスワンが、

まるでその気持ちと思い出から去ろうとするための
別の輝き
=前に進むためにこれまでと違う鮮やかな表情を見せる姿を
比喩しているのかな。



これをシャボン玉と虹に喩え、
まるで人のもつ心と
自然の儚さやその美しさをかけて

読者をこの独特の世界観に連れて行ってくれる



そんなプルースト の感性と表現力に触れたあとに
あらためて曲に向き合うと
楽譜に書かれていることのその奥の世界に
アクセスできるような気がして
どんな音が欲しいのか、どんなフレーズにしようか、表情付はどうしようか...とアイデアがより明確に見えてきます。

そして、これらのソナタたちの持つ隠れた魅力にも出会えるような気がして

どんどんこの音楽とプルースト の世界に
引き込まれていってしまいます。

言葉よりも、明確に真実をものがたり
心にはいりこむ音、
そんなものを目指して。

少しでも理想に近づけるように....


楽器ケースをあけて練習してきます。🙃





岡村亜衣子

岡村亜衣子 Aiko Okamura | Violinist

Violoniste Japonaise à Paris パリ在住ヴァイオリニスト 岡村亜衣子 オフィシャルサイト

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