シャコンヌによせて~vol.3 バッハの宇宙と神のメッセージ~

シャコンヌによせてお送りするシリーズ第三弾、バッハと宗教の関係から彼が作品に込めたメッセージや彼にとっての神という存在について探っていきます。





バッハはルター派ドイツプロテスタントの熱心な信者であり、教会音楽につとめた作曲家・演奏家として有名ですが、
具体的に彼の作品にはどのようにそれが影響しているのでしょうか。


小さい頃からルターのドイツ語の聖書を読み、教会に通いカンタータを歌うことを日常に育ったバッハは、自身も沢山の教会カンタータを作曲し、

聖書の内容を歌詞にした楽曲の創作、伝達は
キリスト教徒として使命のようなものでした。

またそのカンタータにはルターのコラールが多く引用されていて、

バッハとキリスト教の教え、そしてルターという存在はバッハの音楽創造においてとても大きな役割を果たしています。


ルターが行った宗教改革は、音楽と人々の関わりにも大きく関係していて、

それまでカトリックの教会では会衆が歌うことのなかったのに対し、

一人一人がより深く礼拝に参加できるようにと、

ドイツ語でのコラールを多く作曲し、

讃美歌として礼拝の中で会衆が歌えるようにしました。


ルター派プロテスタントでは

聖書という神の言葉を、神からの贈物である音楽にして歌うことで、神の御心に従う

と考えられています。


なのでバッハ自身もその心を受け継いでて、

音楽は神の言葉を創造し伝達するもの

と考えていました。


そのような宗教的世界観や神の存在を、
彼は聖書の言葉にのせた歌詞のある合唱曲においてだけではなく、
本来言葉のない器楽曲でも言葉を書き換え音として書き換え、
秘密の暗号のようにつくられたモチーフとしてメッセージを込めています。


バッハは”アーティスト”


バッハは、詩人であり、画家であり、音楽家で、異なる芸術要素を結びつける達人である

とバッハ研究の第一人者となった、あのノーベル平和賞受賞者である医者であり、神学者であり、音楽学者のシュバイツァー博士は語っています。



そして、彼の作曲技法における、
音高差やリズムのコントラスト、
調性ごとのカラーの違いの関係、
主題や副主題の構成感は、
空間を意識して作り出され、
音楽を建築物として捉えている建築家の一面が見られます。

コラールや聖書の言葉という詩的要素を、
その世界観を立体的な絵画的イメージに反映し音に紡がれていて

テキスト=メッセージ⇨絵画的アイデア⇨音楽として生み出される

という様々な要素が彼の芸術的世界観に影響し、様々な芸術的要素をつなげ融合させるアーティストといえる存在であり、

そのためバッハの作品には
まるで宇宙ような奥深さや広がりが備わっているのです。



ちなみに、ルターの言葉、神の言葉が音(モチーフ)として創られる過程には諸説あり、
例えばシュバイツァーによると
一つ一つの言葉が、一つ一つのモチーフにされた、
いわゆる一語一句の翻訳としての音のモチーフであると言いますが、

一方別の学者の意見では、
段落ごとの文章全体の流れ、動き、物語背景を捉えた上で言葉が音楽に反映されていて、
音のモチーフは詩全体の流れをとらえたより幅広い考えで作られているといいます。

バッハがどのように意図して言葉を音楽に隠したのかは
捉え方が多様にあると思いますが、
この象徴的書法の謎や鍵を考えながら分析したり向き合ってみると、楽譜の奥に広がる世界の無限さにワクワクしますよね。







音に秘めた暗号、バッハの象徴


一つ一つの単語がモチーフになっているのか、
それともルターの典礼の内容の全体像を音楽に反映させているにせよ、
バッハの音列にはキリスト教の教え、聖書のことばに辿ったメッセージが隠されていて、

まるで暗号解読のような一面を持っているのです。


たとえば、

二つのレガートの音によるテーマ : 耐えられる苦しみ

半音階による5,6音のテーマ : 鋭い痛み 

シンコペーションのテーマ : 倦怠感 

などに表現されます。

また例えば、キリスト教の世界における数字の持つ意味合いも象徴的な書法に反映されています。


3    三位一体、神
4    四元素、自然、地、人々
7    神聖な完全な数字

などと言われていますが



これをシャコンヌの中の音列から取り出して当てはめてみると.....



私なりの見解では、例えばここの三音続くところは
3=神の声、
そのあとな出てくる四音連打は地、
4=人々からの応答

のように感じます。




そして宗教的な意味合いをもつ音型象徴だと、


下降するバス=ラメントバス :ゴルゴダの丘へのイエスの足取り

十字架(クロイツ)音型 : 四つの音からなら跳躍音型を線で結んだいわゆる十字架のようにクロスする音型 

順次進行の下降音型 : キリストのこの世への降誕

順次進行の上行音型 : 祈り、天に向かう願い

5度、オクターブの跳躍下行 : キリストのこの世への降誕 

増音程、減音程での跳躍下降 : 罪、苦悩




などとして、エニグマが隠れているのです。
これをシャコンヌの音型に当てはめてみると..... 
ラメントバスで形成された四小節のフレーズに、
順次上行型が乗っている、
ゴルゴダの丘への行進という絶望に
祈りという希望をかけあわせているように聴こえます。
この部分は、5度の跳躍下降=キリストの降誕と
クロイツ音型=十字架が交互にでてくると分析できます。



このように、どのような象徴的意味合いがあるのか、和音進行や終止形、音型をもとに
フレーズの構成や曲の全体像を改めて考えてみると、
深い世界が広がっていて面白いですよね。



キリスト教世界における罪、地獄、天国とは


ここでシャコンヌの追悼説について触れたいのですが、

バッハの無伴奏ソナタ&パルティータの中でも異様な長さと壮大さを誇るこのシャコンヌは

バッハの最初の妻マリア・バルバラの死に際して追悼の意を込めて作曲されたとの説があります。


短調の部分と長調の部分がコントラストになっているこの曲ですが、


追悼、死を悼ぶ足取り、地上

祈り、天からの光、神からの声、天上


というようなコントラストが表現されています。



シャコンヌを弾いたり聞いたりすると、

なぜか昔から生と死の世界のようなものを感じるような気がしていた私ですが、
昨年祖父の死を境に、死とはなんだろう?と考えていたときに丁度、
友人の演奏によるシャコンヌを聴きそれがあまりにも心にささり、この不思議な感覚を更に追求していきたくなりました。

そのような視点から改めてこの曲に向き合ってみるのも世界が深まるような気がします。



ですが特定の宗教信仰を持たない日本人の私からしてみると、

キリスト教の信仰における罪や神といった概念がはっきり理解できない部分もあります。


ルター派プロテスタントのバッハとは少し異なりますが、

イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの作品、「神曲」にはカトリック教の信仰の世界観が描かれていて、何か手助けにならないかと読んでみました。


主人公ダンテ(本人)が地獄、煉獄そして天国を旅してそこでみる景色や人々が描かれたこの作品、

例えば地獄篇では生前に罪を犯した人々が、その罪の重さによって9つの圏にそれぞれ割り振られ罰され、それまで漠然としていた罪という概念について少しだけ理解が深まったような....


仏教における死後の世界とはまた違った、この罪や地獄の観念、そしてそれを音に表して暗号のような和音や音型を込めたバッハの音楽を理解するには

このようなアプローチの仕方も面白いのではと思ったのですが、

そうなるとバッハの世界観を深めるための手段の可能性の広さと、

そこに広がる奥深さに改めて感銘を受けます....。




(ダンテの天国篇の挿絵より、ベアトリーチェに導かれるダンテ)




-音楽の究極的な目的は、神の栄光と魂の浄化に他ならない。




(J.S.Bach ) 


バッハは、
神のメッセージを音楽にて再現し、

その音楽からは、まるで典礼空間であるような
神のモデルを忠実に読み取り構築した、
彼の宇宙が広がっているのです。


このような視点から改めてバッハの音楽に向き合ってみると、

一つ一つの音の奥にどれだけの物語が秘められているのだろう...と

その神秘的で深い世界に、長い年月をかけて少しでも近づき、

音にしていきたいなと心に思うのでした。






岡村亜衣子










参考文献 : La pensée musicale de JeanSebastien Bach (Philippe Charru / Christophe Theobald ) 







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